ワシントン情報、裏Version

2003年9月17

竹中正治

「ゴング終了後の伏兵」

〜為替相場講演会ではない為替講演会〜

 

17日、Japan America Society of Washingtonのランチミーティングで ”The Past, Present and Future of the Dollar-Yen Exchange Rate.”と題した講演をした。米人、日本人30名弱の参加を得て、30分プレゼンし、20分討議を行った。議題は相場見通しではない。もっと原理的、あるいは政策論的な話である。ただしこのミーティングは留学生を含む若い人が少なくないので、簡単に説明しないとならない。ざっと見渡すと知り合いのエコノミストはいない。「じゃあラフにやろう」と始めた。

 まず、PPP(購買力平価理論)の簡単な説明をし、インフレ格差が長期的には2国間の通貨相場を規程することを実際のドル円と購買力平価グラフを示して説明。途中の議論は省略して、後段の議論を以下に紹介する。

 

【これは事実ではない。イデオロギーだ。】

 「米国経済は劇的に成長能力を高めたが、他の諸国はそうではない。他の諸国がアメリカに追いつくまで米国の貿易赤字は広がる構造的な傾向を持たざるを得ない。」というビジネスウイーク誌824日付けの論説を槍玉にあげた。

「この認識はおかしい。本当にそうであるならば、なぜ8%で成長している中国と現在の米国の間で米国の貿易赤字が広がっているのか? あるいは80年代に日本の方が米国より経済成長が速かった時代に、どうして米国の対日貿易赤字が広がったのか? 説明できない。」 

「『90年代に米国経済は劇的に成長能力を上げた』という主張自体も事実に基づいていない。 80年代の米国の平均GDP成長率は3.0%、90年代は3.3%、0.3%の違いは、『劇的な上昇』というにはあまりにも小さすぎる。これは事実ではない。イデオロギーですね。」

 

【日本の介入政策は正当化できる?】 

聴衆の「う〜ん」とか「ほおお」とか言う反応を確認しながら、本日最大の難題「日本政府の現在の大規模円売り介入は正当化できるか?」というテーマに突入。あえて「現在の日本の介入政策は正当化できる!」という高難度の議論を展開。

 

 「マーケットメカニズムに委ねるのが一番効率的だという想定に基づいて、介入は正当化できないと主張するのは簡単なこと。しかし為替相場を含む経済パラメータを市場原理に委ねるのが本当にベストであるならば、どうして各国中銀は短期金融市場に介入して、金利を上げたり下げたりしているのか?」 「金融政策は景気循環をなだらかににし、過度のインフレやデフレを回避するために正当化されている。ならば、一定の条件の下では、為替市場での介入も正当化できるのではないか?」と一気に議論を飛躍。

 「それでも当該通貨のFair Valueから通貨安方向に乖離させるような介入で輸出拡大を狙うのは『失業の輸出』を目的としたDirty Policyであることは間違いない。しかしドル円のPPPグラフでご覧頂いたように、現在の政府の介入はPPPが示すFair Wayの中で行われている。」

 「もう一点、付け加えると、CPIの趨勢的な水準が2%の時に、短期金利を1%まで下げるのは大変に拡張的な金融政策である。この金融政策は、短期的には他国との金利差の変化から自国通貨を下落させる効果があり、長期的にも相対的にインフレを維持することで自国通貨を下落させる効果がある。これはPPP理論が教えてくれていること。FRBの超金融緩和政策は実際にドル安を引き起こしており、これは自己通貨切り下げ政策の一種である。デフレ回避のためにそうした政策が正当化されるなら、日本政府がデフレ防止のために円売り・ドル買い介入を為替市場で行っていることも、正当化され得るのではないか?」と、時間の制約もあり、粗く運んだ。

 

【中国と日本の違い】

 質疑の時間に入って、早速米人から手が上がった。「日本政府は中国の人民元の問題を非難しながら、自分は為替市場で介入している。これはやはりおかしいのではないか?」

 これは私が期待した質問である。人民元のPPPグラフを示して次の様に返した。 「中国の人民元は、中国の経常収支がほぼ均衡していた87年起点のPPPCPIベース)の水準で見ても、より人民元安の水準に固定するために介入が行われている。中国政府が統計データを公表していないので、輸出物価指数に基づくPPPは算出できないが、中国の輸出産業部門の生産性上昇速度が国内消費財産業部門よりずっと高いことを考えれば、輸出物価に基づいたPPPCPIベースのPPPよりはるかに人民元高水準にあると推測できる。ドル円の場合は2つのPPPの間のレンジが相場のFair Wayを形成しており、政府の介入は相場がFair Wayから乖離して円高のラフに入るのを止めているだけだ。 しかし中国の場合は、PPPが示唆するFair Wayに相場が戻るのを阻止するために介入している。ここに根本的な相違がある。」

 

【伏兵あり】

 その他の質問に答えて、1時間経過、ゴング終了。ところがゴング終了後にリング外で突っ込んで来た若い米人がいた。「ビジネスウイークの論説は、米国と米国を除く世界経済全体の成長格差を問題にしているはず。従って米中、米日という2国間の成長格差と貿易赤字の例で反証するのは、筋が違う。」

 「おおっ!こいつ、痛いとこ突いて来るな」と思ったら、立命館大学大学院で国際金融を専攻したと言って、彼はカバンから「週刊東洋経済」を取り出した。 ここは一歩引いて防戦。 「You are right! しかし途上国も含めた世界の経済成長率は趨勢的には米国より若干高い程度だから、やはり米国の方が経済成長率が高いので経常収支赤字は必然という議論は成立たないと思うよ」とかろうじてかわす。 この人は(名はブライアン)更に「米国政府は基本的に協調介入しかしないけど、日本政府は単独でコンスタントに長期にわたって介入している」、「デフレ阻止のために為替介入しているのなら、円資金はSterilizeされるはずだと思うが、本当にそうなっているか?」など、私の粗い論旨の隙を突く。

 「介入に対する哲学は日本と米国では違う。ただし日本政府も介入で相場をFair Valueから長期に修正できるとは考えていないはず。Fair Valueからの乖離を抑えるのが基本方針。実際円売り介入だけでなく、98年や85年には円買いドル売り介入もしている。」「今年の介入について言えば、介入による円資金の供給増加は実際にMonetary Baseの増加に寄与しているはず。」などと防戦した。

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 NHK大河ドラマ「宮本武蔵」は面白い。いよいよ今週末「巌流島の対決」となる(衛星放送で米国でも見ている)。佐々木小次郎に勝った武蔵を潜んでいた刺客達が襲うはずである。武蔵、どう切り抜けるか? ゴング終了後の戦いもなかなか興味深い。

                                以上