ワシントン情報、裏Version 

2003710

竹中 正治

討議は闘技なり」米国のディベート・カルチャー

 

 経団連ワシントン事務所主催の講演会で私が講師になり、日本経済の中長期展望に関する講演を実施した。ワシントンに来て4ヶ月、満を侍してのデビュー戦である。出席者は米人と日本人約30名。日本だと講演1時間余、質問15分が一般的だが、当地では「俺にもしゃべらせろ。私にも質問させて」の参加者が多いので、話40分、討議40分で構成した。

 

 私の正面に偉そうな白髪の老紳士が座った。後から挨拶したら当地で有名な某研究所の会長だった。そんなことは知らないから、ただの爺さんだと思って話をした。 私の話のテーマは、「日本経済は必要な変化に遅れていると思われているが、そんなことはない、次代の成長のベースとなる経済構造の変化が着実に進んでいる兆候が幾つも確認できる」という中長期的楽観論で、調査室の諸君の研究成果を材料に竹中ビジョンを展開したもの。

 

 まず冒頭に著者名を伏して、1980年発刊のレスター・サーロー教授の「ゼロサム・ソサエティー」から、現代の民主的な政治過程が、経済問題解決に必要なコスト負担問題に対して機能不全に陥っている「現代アメリカ」の問題を叙述した部分を引用。 「これは日本に関する叙述だ」と思わせといて、実は80年当時の米国に関する叙述であるとタネ明かし。 米国が自信を回復するのに15年もかかった。日本に対しても、もうちょっと待てない理由はないでしょうと軽くジャブを一発。

 

 更に、90年代の平均実質経済成長率は日本1.3%、米国3.3%であるが、一人当りの成長率にすると日本1.1%、米国1.7%、OECD平均2.1%で、日米のGDP成長率の差の多くは人口増加率の差である。一人当りの経済パフォーマンスの差は思われているほど大きくないと、ジャブの2発目。 次に、日本は輸出に依存して成長して来たと思われているが、それは根深い偏見で、70年代に遡って見ても、GDP成長率に占めるネット輸出の寄与度は0.10.2%でしかないと、3発目。

 

 聴衆の意外感を刺激した上で、本論へ。本論は省略するが、幾つかの点で日米経済は一般に思われている以上に共通の構造・制度問題を共有していることを指摘した。出席していた既に顔馴染の某エコノミスト氏(親日的)は、「面白かった。基本的に同意できる。テクニカルな点で言うと、日本の貯蓄率を語る上で家計調査データでグラフを掲載しているが、国民所得ベースだとかなり違う。ちょっとミスリーディングじゃない?」と全くごもっともなコメントを頂戴。この老エコノミストは日本経済データをきちんと知っている。

 

 典型的な日本危機・崩壊論を主張している某エコノミスト氏(この方も既に顔馴染の方であるが)は、厳しい質問を幾つも連打してくれた。例えば「日本の財政赤字を縮小させるためには、当然増税か歳出削減しかないだろう。近い将来、日本経済の足腰が弱い状態で、経済にダメージを与えずに、そんなこと出来るか? 増税の現実的なシナリオはあり得るのか? なければ際限なく財政赤字が拡大して、やはりいつか破綻する」と質問してくれた。

 

 一瞬返答に窮したが、「消費税の引上げは経団連も提唱しているように不可避だ。しかし長期的に維持困難で将来不安の一因となっている公的年金の抜本的な改革とセットで実現すれば、不安の軽減効果とセットで消費の萎縮など経済へのダメージをミニマイズできる可能性がある」となんとか打ち返した。

 

 Cato研究所の会長からは、最後に「日本の政府や中央銀行は、デフレが問題であることがわかっているのに、なんでなんとかしないんだ?」と質問された。これを予想していた質問である。サクサクと私のデフレ処方箋と日本の問題状況を説明した。予期された相手の動きは、対応が簡単だ。 幸い、私のプレゼンと討議はけっこう参加者の問題意識を刺激したようである。時間終了後も残って、ああだこうだと三々五々議論を続けている人たちがいた。 40分間の討議は、プレゼンの40分よりずっとタフである。何しろ相手は多数、打ち返すのは自分一人だけである。

 

ブルース・リーの映画「燃えよドラゴン」で、試合前に対戦相手が分厚い板を叩き割り「どうだ!」とリーを威嚇するシーンがある。リーは彼特有の「フン!」という顔つきで言い返す。

“ The board doesn’t kick back.”

 

                              以上