ワシントン情報、裏Version
2003年8月13日
竹中 正治
食文化編、「邪道、たわけ者のスシ」
10年以上も前のことであるが、人気漫画「美味しんぼ」で生の鮭(シャケ)を食材にした巻があった。記憶が定かでないが、確か生鮭の寿司料理が出されたところ、料理人が海原雄山に「邪道、たわけ者」と罵られる。鮭にはたちの悪い寄生虫の危険があり、生で料理に出すなんてのは、無知極まりないということであった。汚名挽回のために、主人公の士郎は低温で生のまま寄生虫を殺菌する秘策をあみ出して生鮭料理を再度ふるまい、雄山を「うぬぬっ」と唸らせる。
確かにそれまで日本では鮭を焼くか、燻製にするか(スモークサーモン)、鍋で煮るか(石狩鍋)でしか鮭を食べたことがないので、生鮭が寿司ネタに使われないのは、そういう理由があったのかと当時妙に納得した記憶がある。
1993年に妻とカナディアン・ロッキーを旅行した時、最後に立ち寄ったバンクーバーは海産物が新鮮で、美味しい寿司屋が幾つもあるとガイドブックに書いてあった。早速、寿司屋に入ると、なんと「邪道、たわけ者」と呼ばれた生鮭の寿司があるではないか。注文して、板前さんに「生だと寄生虫の危険はないの?」と尋ねたところ、「うちのは、かくかくしかじかの処理をしているから、大丈夫」と言われた。
今回米国ワシントンに来て気付いたことは、米人の間に寿司がえらく普及してことである。スーパーでも寿司パックが売られている。しかも驚いたことに「邪道、たわけ者」の生鮭が寿司のネタとしてふんだんに使われている。毎週買い物に行くスーパー(Whole Foods)でも、寿司コーナーができて、日本人のような顔をした板前が寿司を握り、目の前でプラスチック・パックに入れて売っている。ここでも「邪道、たわけ者」の生鮭寿司が人目をはばかることなく並んでいる。 私は、尋ねてみたくなり、「How
did you treat it? Is there any risk of parasite?」などという直訳英語を脳裏に浮かべつつカウンターに歩み寄った。その時である、生鮭を数段超えた「邪道、たわけ者の技」が目に飛び込んできた。稲荷寿司パック(いなり寿司のみ)に、黄緑の色も鮮やかなワサビがど〜んと盛られているではないか! 雄山が見たら、激怒するところだ。食文化の深い断絶を感じ、質問する意欲もヘナヘナと衰えた。
「美味しんぼ」の初期の巻で、士郎がカツオの刺身をマヨネーズで食べてみせ、雄山に罵られる場面があった。稲荷寿司にワサビは、それを超えた荒技ではないか。 広末が出演した仏・日合作の映画「Wasabi」で、親父役のジャン・レノーが日本料理屋で山のように盛られたワサビを、「うまいうまい」と言いながらパクパク食べてしまうシーンがある。そのシーンを思い出して、アメリカ人が山盛りにワサビをトッピングした特大稲荷寿司をパクパクと食べるところを一度見てみたいものだと思っているが、まだ見たことが無い。米人女性が寿司のワサビをこそぎ落して、シャリを醤油にしたして食べていたのは、見たことがある。これは日本では「子供食べ」であり、やはり「邪道、たわけ者」の一種である。
以上