ワシントン情報、裏Version

20031117

竹中正治

「メシよりディベート」

                    

【高速回転ディベート】

 本田敬吉さん[1]のお口添えでConference of Business Economist111314日、ホテル・ワシントン)に参加させてもらえた。これは北米のビジネスエコノミストの組織で、毎四半期にワシントンで会合し、相互にレポートを行う。 米国のエコノミストがほとんどであるが、欧州、中南米、カナダからも若干名が参加している。日本からは本田さんがかねてより年に1、2回参加されて来た。

 

60名の参加者が1日半かけて全員がプレゼンする。従って1人当たりのプレゼンと討議の時間は10分程度になる。私も日本の金融機関の動向について2日目に10分弱のプレゼンをするようにとのことになった。

 

 どのエコノミストも喋りたいことは沢山ある。しかし持ち時間が10分だから、勢い早口で発言することになる。英語のネイティブ・スピーカーが高速でプレゼンし、バッバッと討議して、10分単位で話が変わって行く。とても私の英語能力では口をはさめる余地はない。提出された資料を見ながら、テーマの概略を追うのが勢一杯である。某米銀の女性エコノミストの喋りなんて、ほとんどテープレコーダーの早送りだ。超高速で喋る彼女の話は、私にはまるで各駅停車しか止まらないローカル駅のホームの乗客が超特急が走り去るのをながめるようなもので、キュイーンを入って来て、プワーンと走り去った。 「う〜ん。彼女のレポートはいつもしっかりしていて関心しますねえ」と本田さん。竹中「はあ〜・・・・・・ (*o*)。」[2]

 

 3倍速ビデオを見るような感じで1日目の会合が終わり、カクテルパーティーとディナーの時間になった。ワイン片手にSwankさんと話すと、この人なんと平常時の喋りも高速回転である。喋るうちにどんどん加速するタイプで、喋らせておくと、ぶっち切られそうになる。そんな彼女も人間なので、息をするために一瞬の間が空く。その一瞬を狙って、私は時折なんとか口を挟んで自分の知っている問題に引き戻す。彼女(40歳前後か)が既婚かどうかしらないが、ダンナがいるならどんな夫婦ゲンカをするのだろうか。超高速で攻め立てられるダンナの姿を想像して気の毒に思った。

 

【美人エコノミストの講演】

 ディーナーの前に講演が行われた。テーマは米中貿易問題で、スピーカーはCouncil of Foreign Tradeの女性エコノミストである。まだ30歳台そこそこの若さだ。彼女自身は会のメンバーではないらしい。CBEの会員は総じて年長者が多く、40歳台後半から70歳前後までが主であろうか。私でも若い方だ。

 彼女の話の内容はマクロエコノミスト的な観点から極めて標準的な内容だった。つまり、「対中国貿易赤字が急増して政治問題化しつつあるが、マクロ的に見ると中国の輸入も増えており、必ずしも中国の貿易黒字全体が一方的に増加しているわけでもない。米国の貿易赤字に占める中国のシェアー(財貿易)は90年代を通じて比較的安定している。米国製造業の雇用の減少は対中国貿易の赤字拡大よりも製造業の労働生産性上昇によるところが大きい」等。 従って今の議会の中国批判は一面的で、合理的でないと言う。一般人や議会の政治家に対する講演なら十分に意味があるが、エコノミストにとっては極めて常識的な内容だ。

 

 なんでシニア、超シニアなエコノミスト揃いのCBEが彼女を講師にしたのだろうか? 30分程度の彼女の話を聞いているうちに、ムクムクと「俺にも言わせろ」衝動が私の心の中で頭をもたげて来た。知っているテーマで30分あれば、私でも英語でコメントをまとめることができる。「よう〜し、言ってやるぞ〜」と気合を入れた。

 

【とにかくまずメシを食え!】

 彼女の話が終わって、司会役が「さて・・・」と言った瞬間に、司会役の目を見ながら、気合を込めてクワッ!と手を上げた。 「気合」というものは言語を超えて通じるものである。「おっ・・」とばかりに司会役の手が私を指したので、立ち上がり、喋ろうとした。ところが司会者は私を遮って「質問は後回しにします」と言う。「え〜No question!?」と口をとがらすと、「質問はディナーの後、ただしあなたに最初に発言する権利をあげるから」と言われて、私はすごすごと着席した。

 

 私はアクセルを踏み切った直後にブレーキをかけたような感じになり、「なんでこのまま続けないのか」と思ったが、良く考えると司会者は正しい。ただでさえディベート好きのエコノミストの集団である。このまま討議に移ったら、いつまで経ってもディナーが始まらない。「とにかくまずメシを食え!」ということなのである。

 

 ディナーが終わり、討議の時間が来た。約束通り最初に発言を許された私は次のように言い放った。“ I was really impressed by your very reasonable, rational and friendly perception on the China issue. More than 10 years ago when Japan was in the storm of “Japan Bashing”, we did not hear such a reasonable, rational and friendly voice(笑いのどよめき) from American economists !(爆笑) 

What is the difference?  I am not joking. There is an essential difference between the trade conflicts between Japan/US and US/China. I am asking that.” 

 

ひとつ離れて座っていた本田さんが Good Question!!”と声援してくださった。私の発言の矢は、形の上では講演者に向けられたものだが、同時に会場にいる米人エコノミスト全員に向かって放ったものだ。ディベート好きの米人はこういう「突っ込み」が大好きである。 彼女の対応は「その時には私はまだ今の職にいませんでしたので・・・」で始まり、その後何かクチャクチャ言っていたが、期待したポイントはなかった。

 

 

 【ディベートの肴】

 私が会場参加者全体の「俺にも言わせろ」衝動の封を切ってしまったらしい。この後、やんややんやの質問、コメント、ディベートのラッシュになった。おじさん、おじいさん達は既に酒が入っているから、どんどん盛り上がる。彼女(講演者)の懸命に応戦する姿が、可愛らしい。  そうか、判った! 自分達の娘(人によっては孫娘)のように若い女性エコノミストを講師に立てたのは、酒の肴(サカナ)ならぬ「ディベートの肴」だからである。どうせ「肴」にするなら、若くて可愛い方が良いに決まっている。勿論、意地悪な気持でのことではない。反対である。おじいさん方はこの若いエコノミストが可愛くて仕方がないのである。

 

 司会者が宴の終了を宣言してからも、個別に彼女にコメントするおじさん、おじいさんが後を絶たない。某老エコノミストは、まるで学部の教授が生徒に対するような感じで「あなたのこのグラフはベースの違うものを一緒に並べていて、ミスリーディングですよ」などと指導していた。ようやく私も彼女に挨拶して名刺を交換したが、名刺が切れてバッグの中の名刺を取りに席を立とうとする彼女を追うように、また別のおじさんが声をかける。「ごめんなさい。ちょっと名刺が切れたのでバッグを取りに行かなくてはなりませんので・・・」とようやく彼女は振り切った。彼女の名刺をもらいながら、私は言った。“I think you did very well against the charges of old gentlemen.”

 

 で、翌日の私のプレゼンはどうだったか? 長くなったので、それは表版で別途ご報告致しましょう。

                 以上      



[1] 裏版送付の多くの方には説明は不要でしょうが、元東銀取締役調査部長、サンマイクロ・システムズの日本現法会長をされていた本田敬吉さんのことです。

[2] Swankさんのプレゼンは実際は2日目であったが、話の展開の都合上先に書いた。