ワシントン情報、裏Version

2004315

竹中正治

「♪決戦の金曜日、後編」

                    

昨年Business Week誌が「トヨタの進撃は誰にも止められない」という趣旨の特集を掲載したことがある。記事は「かつて米国企業の経営者は、日本企業は皆『トヨタ』ではないかと思って青ざめたが、『トヨタ』はトヨタ一社でしかなかった。多くの日本企業は低収益と非効率を露呈して沈没した」と書いた。ここにも「日本経済の挑戦は過去のこと」にしてしまいたい米人の心理が滲んでいる。

 

私は日本のエレクトロニクス産業にも復活の芽はないかと探し、私なりに同業界の過去の沈没と現在の復活のトレンドを理解したつもりでいる。しかしここは専門家に是非話してもらいたい。そこで今回、最強のパートナー栗原潤さんにご登場頂いた。以下Harvard University John.F.Kennedy School of Government Senior Fellowの栗原さんのプレゼン概要を紹介する。(ご本人の秀逸なプレゼン内容を十分に再現できていない点は、全て竹中の力量不足によるものです。)

 

Digitalizationが日本のエレクトロニクス産業を変える】

「世界的に経済回復が進む中で、日本経済はその恩恵を強く享受するポジションに立っている。日本メーカーのDVD、デジタルカメラ、カーナビ、薄型TV等の新デジタル製品や電子部品、半導体に対する需要が国内のみならず、中国や米国を始め世界的に拡大し、日本の輸出と国内設備投資が急速に回復して来た。 20031012月の実質GDP成長率は7%(前期比年率、後日6.4%に改訂)で、輸出の寄与度は1.7%であった。日本の現在の経済成長は、確かに輸出(とりわけ顕著な増加を示す対中国輸出)によって先導されている。

 

90年代に大手輸出型製造業を中心に海外投資、海外生産への大規模なシフトが進んだ。一般に輸出に牽引された景気回復は内需の弱さとして語られて来た。しかし製造業の海外移転がこれだけ進んでも(しかも円高トレンドの中で)、日本からの輸出は経常収支黒字が過去空前の水準に拡大するほど伸びているのである。これは日本に残った輸出部門の効率、競争力が一段と向上、強化されていることの証である。

 

【日本企業の戦略的な適応の成果】

こうしたことの背後には、企業の戦略的な適応がある。90年代に日本のエレクトロニクス産業は、韓国や台湾メーカーの価格切り下げ攻勢にさらされた。そこで日本企業は戦略転換し、高付加価値な製品は国内で生産し、コモディティ化の進んだ価格競争にさらされている汎用品は海外で生産する、あるいは撤退するという戦略をとったのである。例えば現在、カラーテレビ、VTR、カーステレオ等の大半は海外で生産されている。しかしデジタルカメラやカーナビは国内生産が海外生産を大きく上回っている。

 

この結果、高付加価値製品ほど日本勢は高い世界市場シェアを獲得している。液晶TV市場においてはシャープ1社だけで50%以上のシェアを持っている(2002年度)。半導体では、デジカメ、カメラ付携帯電話用のメモリー、CCDで日本製は高い競争力を発揮している。さらにデジタル家電の精巧な構成部品でも日本勢は優位に立っている。ノキアの携帯電話も中国製家電も構成部品の多くには日本製が使われている。こうした “Mini Intels”といわれる精巧部品メーカーは、総合電機メーカーと比べてより高い利益率を実現している。

 

今後の展望はどうか? 確かに韓国や台湾メーカーの価格切下げ攻勢は脅威である。IC市場では2001年を境に価格切り下げ競争が始まっている。しかし日本企業は次のような対応戦略を展開している。@高い技術力を発揮できる国内での生産と、コスト効率の面で優位な海外生産とのバランスをとる、AシステムLSIのような高付加価値半導体をブラックボックス化する、B垂直統合型生産による生産、デザイン、開発のシナジー効果を高める。グローバル競争の中で日本メーカーでも勝組と負組の淘汰が進みつつあるが、勝組企業の適応戦略は確実に進展している。

 

【 討議 】

予定通り、45分を残して質疑応答となった。英語の力のハンディを負う身にとって厳しいのはここからである。エコノミストのBertさんが早速に手をあげ、連打して来た。

 

質問「@日本の財政赤字が将来生み出す負担に日本は耐えられるのか? A膨張した財政赤字が長期金利の上昇を招く時、大きなダメージが生じるのではないか? B土地価格の下落はまだ続いているが、新たな金融機関の不良債権発生など大きなダメージをもたらさないか?」

ごもっとも質問ばかりであるが、3点とも昨年7月にKKCの私のレクチャーの時のBertさんの質問の焼き直しだ。 『むふふっ、あんたの動きは見切っている。』

 

竹中:税金と社会保障費のGDP比率の各国比較のグラフを示し言った。「@日本のこれら負担は約36%で米国と並んで低い。欧州主要国は軒並み50%前後かそれ以上である。日本経済には将来の負担増を担う余力があるということだ。日本の政府長期債務残高はGDP150%、米国は70%、確かに問題だ。しかし日本は1.6兆ドルのネット対外債権国であり、財政赤字は国内貯蓄でファイナンスされている。一方米国は3兆ドルのネット対外債務国で、海外からのファイナンスに依存している。マクロ的に日本と米国どっちがより不安定か、ちょっとわからない。」

「A現在のデフレがマイルドインフレに転換する時、どのみち長期金利の上昇、国債価格の大幅下落は不可避である。しかし金融機関や機関投資家は全体としては、依然莫大な株式を保有している。インフレ転換した時の長期金利の上昇による評価損は、保有株式の上昇で全体としてはかなり相殺されてしまうだろう。」

「B図表のグラフは日本の地価が(名目GDP比率で)バブル以前の水準に近いところまで戻り、土地下落も最終フェーズに入ったことを示唆している。実際東京都心の地価、不動産は一部上昇し始めている。過去の下落で、投資リターンが上昇したからだ。地方では土地の下落はまだ続くかもしれない。その結果、新たな不良債権処理に追われる地方銀行も出るかもしれない。しかしそれがマクロ経済全体の成長を阻害するような段階ではなくなった。」

 

次は、大手日系企業のワシントン事務所の米人所長さんからだった。現在の日本の景気回復の牽引要因であると同時にアキレス腱でもある「輸出牽引」を突いて来た。

質問「現在日本の経済成長は輸出の拡大、とりわけ対中国輸出に依存しているとのことだが、もし中国経済のバブルがはじけた時、日本経済に対する影響はどう考えているのか?」

栗原「その点については楽観的に考えている。エレクトロニクスについて言うとデジタル化の波は世界的である。中国への輸出増加を強調したが、他国への輸出も増えている。中国への輸出が鈍化、減少する時期が来ても、世界的な景気腰折れがなければ、他の国への輸出増加が相殺するだろう。(注:中国の世界GDPに占める比率は4%弱)」

 

【郵貯恐竜論に意義あり】

馴染みの日本人の方から、私の「郵貯簡保・特殊法人恐竜論」への批判的なコメントを頂戴した。

コメント「郵貯を批判されたが、郵貯ネットワークは民間企業ではカバーできない地方までカバーし、国民的なサービスを提供しており、そのネットワークには価値がある。それを単に廃止すれば良いというのは暴論ではないか?」

竹中「言葉が足りなかったが、私は郵貯ネットワークを廃止すべきだとは考えていない。一定の価値を持っていることも認める。問題はその莫大な資金が特殊法人の資金源として、市場規律のない投資・融資に使われていることだ。特殊法人の資金調達に十分な市場規律を導入することが必要で、改革はそういう方向を一応向いているのだが、遅すぎる。一層のドラスティックな改革が必要だと思っている。」

 

【地方経済、回復の道は?】

もう一つは当地シンクタンクの日本人Senior Fellowの方からの質問。 

質問「国際競争が激化するなかで、地方の産業及び雇用に対する影響はどうなのか?地方経済の回復が取り残されている状況をどう思うか。」 

栗原「日本企業の復興と“Jobless Recovery”克服は今後の中心的な課題である。長期的に見て、中小企業も国際競争の現実に適応して行くことになる。人的資本と資源に乏しい地方においては、新しいビジネスを生み出すアイデアが必要である。IT化の時代には、競争力のある製品の開発・生産がある地方で行われることになれば、その地域は突如世界の中心となる可能性もある。」

 

栗原さんの真面目な答弁を聞きながら、私は少し悪戯を考えた。

竹中「私は東京生まれの、東京育ちである。海外生活もNYとワシントンしか知らない。だから地方の問題には無関心な典型的なCity Boyである。」「マクロ経済の観点から言えば、地方が停滞しても、都市部がより高い経済成長を実現できればそれでOKだと考えている。こういう見解を政治の舞台で言えば叩かれることは承知しているが、自分は本日はマクロ・エコノミストとして話をしているので、ご理解頂きたい。」

私は調査室時代に多少地方講演もしたことがあるが、勿論そこではこんなことは言わない。言えば、「さっさと帰れ、馬鹿やろう!」状態になってしまう。しかし「国土の均等な発展」という過去の政治が掲げてきた政策原理の行き過ぎが、間違いを起こしていると考えているので、こういう言い方をしてみた。

 

【恐れていたカウンター技】

実は私はBertさんか、別の識者が私のプレゼンにもっと鋭い「カウンター技」をかけて来ることを警戒していた。もし私が米人聴衆だったら、私のプレゼンに対しては次のように突っ込む。「民間銀行の不良債権問題が進展しているのは認めよう。しかし郵貯残高の360兆円を原資とする特別勘定も巨額の不良債権・不良資産を抱えているのではないか。その不良資産の規模は把握されているのか? そこからどれ程の損失が生じる可能性があるのか?」 これはかわせる問題ではない。むしろ同意、共有すべき問題である。しかし幸か不幸か、そうした切り込み方をする方はいなかった。この点を突かれたらなんと答えるか? 勿論、「返し技」は準備した。しかしここでは書かない。本レポートをご覧頂いた皆様ご自身で考えてみて頂きたい。

 

(本件レポート中の意見は、全て竹中正治の個人的な意見です。)

 

                                                                 以上